と私は彼女の手紙に対して云ってやった。耳を見ろ、と私は彼女の高慢ちきな鼻に対して云ってやった。ざまを見ろ、耳を見ろ。そして私は彼女の好意によって得た金で懐がふくらんでるのをいいことにして、知らない土地で蓮っ葉な芸者を二三人よんで遊びほうけ、酔いつぶれてしまった。さんざんあばれたらしい。
翌日私は会社を休んで、ぎんぎん頭が痛むなかで二つの計画を立てた。一つは、支払ったり使ったりしただけの金を拵え、債券を受け出し、それを信子につき返してやること。も一つは、むりにでも彼女の耳にキスしてやること。そして先ず第一の計画の実現に奔走した。少しでも見込みのありそうな友人には相談してみた。だが心の底ではだめだということをよく知っていた。
――註をつければ、彼は親しい友人たちにはみな、信子とのことや債券のことなどを、残らず打明けた。その調子はひどく冷淡で平静だった。そして結局、金のことは駄目だとなっても、そうだろうと思っていたが……とだけ云って苦笑した。金の必要を痛感してるとは見えなかった。出来ないことを確かめればそれでよいという様子だった。人をばかにしてるという印象を友人たちに与えた。冷静な自己曝
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