なりたいというのが、心の願いでございます。御許し下さいましょうか。(後略。ここには、あの時の約束を守って債券を最もよく役立ててほしいとの意味が述べてあった。)
[#ここで字下げ終わり]
憂欝な打沈んだ私の気持は、この手紙によって、どん底までかき乱された。私は何か燃え立ってくるものを感じた。敵の虚をでも窺うように、手紙をくり返し読んでみたが、明らさまの嘘は見出せなかった。そして信子が本気で真実にそれを書いてることが分れば分るほど、私は苛立ってきた。私はあの時、彼女の唇へではなく、彼女のあの醜い耳へ、なぜ自分の唇を押しあてなかったのだろうか。私はすぐに返事を書きかけたが、そこまでは、卑怯にも、書けなかった。そして第一、茲でもはっきり説明がつかないように、自分の気持をはっきり書き現わすことが出来なかった。幾度も書箋を破き捨てた。じっとしていられないで、家を飛び出して酒を飲みにいった。そして酔っ払ってるうちに、彼女が一瞬間に矜持をすてて私に唇を許したあの時のことが、切りぬいたように浮んできた。恋人があるというのに、何ということだ。ゆき子に対する私のやり方よりも一層下劣ではないか。ざまを見ろ、
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