る人こそ、ほんとにその職務を立派にやってゆける人だと説いた。そして彼女は世間話のような調子で、父になにか相談されたそうだが、どれほどの金があったらすむのかときいて、私が素直に、二三千円でいいだろうと答えると、それだけなのと軽蔑したように聞き流した。また彼女は私を音楽会や芝居に誘ったが、私はもうそんなところへは行きたくない気持だった。彼女は蓄音機とレコードを持ってきてやると云ったが、それは空言に終った。それからまた、頭の中で考えてる小説の筋などを話して、私の批評を求めたが、私の意見などは実はどうでもよく、ただ話してきかせるという調子だった。然し私から見れば、その小説なんか甘いつまらないものばかりだった。そして私はひそかに、彼女の醜い耳を意識してやるのだった。
 或る時、彼女は風呂敷包みを開いて、大きな封筒を取出し、それを私の前に差出した。中には、百円の勧業債券が十八枚と二十円のが十枚はいっていた。
「いつか、父にお頼みなすったものよ。」
 そして彼女は注意をした。それを担保に金が借りられる筈だが、彼女たちでは少し工合が悪いから、私自身で私の会社から借りるようにして貰いたい。債券の番号をす
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