あうことぐらいは何でもないようだった。それで、もし僕が彼女に愛か憎しみを感じたとすれば、彼女を抱きしめるか殴りつけるか、そういう激しい表現にならなければならない筈だった。が僕にはなかなかそれが出来なかった。卑怯だったのだろう。」
この言を真実だとすると、彼が冒険という言葉を使った意味も分るようだし、その「つまらないこと」のいきさつを長々とこまかく述べているのも、単なる手記上の技巧だけとも思われない。そしてこの次に、可なり長く感想風な文章が続いているが、妙に筆致が浮いてるところを見ると、彼は何か云いたいことが充分に云えない焦躁を感じたらしい。そこをとばして、先へ進んでみよう。
私は信子に対して一種の芝居をしていたようでもある。一人でいると、彼女を思いきって軽蔑してやりたい気持になったが、彼女の前に出ると、妙にうちしおれて元気がなくなった。そういう私を昂然と見下すのが、彼女には嬉しかったらしい。この頃芸者遊びをするかと尋ねて、彼女は笑った。友人にはどんな人がいるかと尋ねて、親友にはよい人を選ばなければいけないと忠告した。私が会社の不平を云うと、現在の職業をいつでも投出すだけの勇気のあ
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