ってるような素振で、バットを一本とりあげて眺めた。その時私はマッチを自分で取るつもりだったが、机の上になげ出されてる彼女の左手を、そっと握った。
 私も半ばは意外だったが、彼女は全く意外だったらしく、全身でびくりとしたが、次の瞬間、私はその滑かな手を強く握りしめていたし、彼女はそれを私に任せて、窓の外にぼんやり眼を向けていた。やがて彼女は煙草をそのまま投げすてた。私は彼女の手を離した。
「まあ、蝶々がとんでるわ。」
 彼女はびっくりしたように立上って、軒先をかすめて飛んでゆく白い蝶を眺めた。私も立上ってそれをみた。それから天気のことや郊外のことを話した。そして暫くたって彼女が帰っていく時、私たちはこんどは友だち同士のように笑いながら朗らかな握手をした。
 つまらないことだったが、この冒険が、次の事件の機縁だったのである。そして私にこんな冒険をさしたのは、浜田ゆき子とのあんなことがあったからだと思われる。私が手を触れたのは、彼女の手へではなく、彼女の醜い耳へだったようだ。私は自分がいやになっていた。
 ――茲に一寸註を入れたい。村尾はこう話したことがある。「僕と信子との間柄では、手を握り
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