った鼻が如何にも高慢そうで、お召銘仙の着物と羽二重の帯のじみな服装に、帯留の珊瑚と指輪のオパールとがいやに落付払っていた。私はとりつき場がなくて、軽くウェーヴした髪に半ば隠れてる耳を、あの醜い耳を、しつっこく探し出し取出さねばならなかった。
「意志の喪失でも、間違った自然でも、そんなことはどうでもいいんです。ただ、雑草を生えるままに生えさしたい、それだけのことで、それが今では胸にぴったりくるんです。」
私はそう云って涙ぐんでいた。
だが、その言葉もその涙も嘘ではなかったが、不思議にも、そんなことを云ってそんな風に涙ぐみたいという気持があった。信子に対する私の態度としては珍らしいことだった。
私たちはなおいろんなことを話した。私の室の書物を見て彼女は、も少し詩や小説を読むがいいと勧めた。寂しい家の中を見廻して、蓄音機を買えと勧めた。その蓄音機がばかに贅沢なもののようにその時私には思われた。彼女は私の家の中を、生活状態を、偵察してるようだった。私は何もかも投げ出した気持で、少しも逆らず、ただ、時々意識的に、彼女の欠け縮れた醜い耳を探し求めた。彼女は私の机の前に坐って、どうしようかと迷
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