っかり記入した預り証を取っておかなければいけない。こんどの抽籤の時もし二千円当ったら、それで金を払って債券を戻せばよい。
「お約束して下さらなくちゃ困るわ。あなたの会社で融通して貰って、二千円当るまでは、決して売ったりなんかしないと……。」
 彼女は口許に笑みを含んで、私の方へ手を差出した。
 二千円の籤に当るという甘い空想を快く聞き流すだけの余裕を、私は持っていた。そして紙面の精巧な模様印刷を眺めていたが、とっさに尋ねた。
「お父さんも御存知のことですか。」
 猶予を与えない鋭い調子だったらしい。だが彼女は高慢な平静さを失わないで答えた。
「知らないことになっています。」
 その明確な答えが私の胸を刺して[#「刺して」は底本では「剌して」]、私を非常に惨めな境地につき落した。私は反抗的に、差出されてる彼女の手を執った。
 夜のことで、一つきりない二階の室だった。母の死後、書斎を母の居室だった階下に移して、後を客間としていたのだが、めったに客もなかったし、調度の類も揃っていなかったので、寂しくて落付がなかった。電燈の光だけがいやに明るく目立った。楢の円卓の上で私に手先を任してる彼女は、
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