きまってる場合、君はそれでも飛びこむか、どうだというのである。ばかげた問いだと私は思った。一人死ねばよいのに、何で二人死ぬ必要があろう。ところが、それが親子夫婦の間だったらどうだ、それでも……とすぐに云い切れるか、との再度の問いになった。私が黙って考えていると、君は世の中の人をみな親子夫婦の間柄と同様に思ってる、それが君のそもそもの考え違いだ、とそう結論された。そして彼はなお云い続けた。
「溺れてる者を助ける普通の場合にせよ、その者が、後で必ず何度も水に落込むと分ってる場合、君はそれでもその度毎に飛び込む勇気があるかね。または、始終その者を監視して水に落込まないようにしてやるだけの好意があるかね。そんなことはばかばかしいと思うだろう。僕から見れば、君は好んで何度も水に落込む男だ。君の暮し方は、笊に水をつぎこむようなものだ。もし君がその笊に目張りをして水がもらないようになったら、その時は僕も相談にのってやろう。君のお母さんも君のそういう性質を心配しておられた。よく考えて覚悟してみ給え。」
 私はもう覚悟を、別種の覚悟をしていたので、彼の前から黙って辞し去った。その頃私は実際ひどく若しかっ
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