なかった。自分自身をも相手をも踏みにじってやれということもあるにはあったが、それよりも、ずるずると陥ってゆくどん底はどこだという、そうした漠然たる気持の方が大きかった。たとえ千代次が生きていて、私が彼女に夢中になっていたとしても、私はやはり同じことをしただろう。翌朝、勘定の残りの五十銭銀貨を幾つか彼女の手に握らせ、円タクにとび乗る私を見送ってる彼女のしょんぼりした姿をちらと見、その時だけは、温い心で彼女の肩を抱いてやりたいと思ったのが、私の唯一の人間味であったろう。私は自分を惨めに思い、彼女を哀れに思った。そしてこの華かな宴席の紳士たちを、反抗的に、呪いもし、軽蔑もした。

 経済的に生活の立直しをするため、信子の父の緒方久平氏に歎願したことは、前に一寸述べておいたが、その時私は逆に意見をされただけだった。人の好意を常に当にし、それに甘えてつけ上った要求をもち出すのは卑劣だ、というのが緒方氏の意見だった。実際私は彼に二三度金を借りたことがあったし、母も生存中何かと世話になったのだった。彼は私に二つの問いを出した。川に溺れてる者があって、飛びこんで助けようとすれば、こちらも必ず溺れ死ぬと
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