。」]
「ええ。」
洋食を食べてから余りたたない腹へ、無理に茶漬を一二杯つめこんだ。
母も一緒に、干物《ひもの》の匂いを立てながら、つつましく食事をし初めた。牛乳だけを飲んだ父は、散歩代りに庭を歩いていた。
「こんど井上さんがいらしたら、昨日の御礼に御馳走をしてあげなければいけませんよ。」
そんなことを云いかける母の側から、ぷいと箸を捨てて立ち上った。が、さて、変に身の置きどころがなかった。
縁側に立ってると、庭の植込の影に父の姿が見えた。
「お父さん、外《そと》に何か用はありませんか。」
一寸機嫌をとるつもりで云ったんだが、父は別に怒ってる風も……疑ってる風もなかった。
「上野はどうだい。……もう咲いたかな。」
庭の隅から伸び拡がってる、低い桜の枝の下を、父は浅黒い顔で歩いていた。
「まだでしょう。」
「そうかな……。兎に角この……桜の咲きかける時分が一番眠いものだが、お前も休みだからって朝寝をしないで、しっかり勉強しなくちゃいけないよ。」
だが……調子も穏かだし、こちらを向いてもいなかった。
あまいものだ……。親馬鹿……子馬鹿……。
ぴょんと飛びはねて、母のとこ
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