れが古本屋に出てるんです。」
「うむ……。」
父は煙草の煙と息とを一緒に含み込んだ。そして咽せ返りもしないで、悠暢に落付いていた。
「それは面白そうだね。……じゃあ買ってくるがいい。買ってきたらすぐに見せてごらん。」
「ええ。」
母は立上って金を出してきてくれた。
新らしい十円札二枚だった。受取ってから冷りとした。それをてれ隠しに、両手で紙幣を引張って、ぱんぱんとやって見た。いい音だった。
「何をしているんですよ。破けるじゃありませんか。」
「ははは。」と父は人の善い少し馬鹿げた笑い方をした。「実際紙幣の紙は玩具《おもちゃ》にでもしてみたいくらいいい紙だよ。いくら他で真似ようとしても、決して出来ないんだそうだ。」
云いながら、少し禿げかかった額でのっそり立上った。そして近眼鏡の奥に眼を一つぎろりとさして、それから向うへ出て行った。
何だか身が縮こまってきた。……父は感づいているのじゃないかしら。うっかりは出来ないぞ。いつまでもじっとして、黙りこくっていた。
「早く行ってきたらいいでしょう。……あ、そうそう、御飯を食べてからにしますか。」[#「しますか。」」は底本では「しますか
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