涙の乾いた眼を瞬いた。
「何が……。」
「何がって……何もかもさ。」
それきり二人は黙り込んで、日向にじっと蹲っていた。縁側がすっかり日蔭になってしまうと、恒夫は俄に空腹を覚えだした。
「腹が空いちゃった。」
「うん、僕も。」と茂夫が応じた。
恒夫は女中から餡パンを貰ってきた。そして二人で頬張っていると、表に人の来た気配《けはい》がして、出迎る人達の足音がした。二人は急いで餡パンを隠した。然し誰も其処へはやって来なかった。二人は首をひょいと縮こめて、眼と眼でにっこり笑み合って、また餡パンを頬張り初めた。
やって来たのは医者だった。医者は晩になるまで帰らなかった。家の中が何んだかざわざわして、それが重苦しい沈黙の中に浮出していた。そして六時半頃、恒夫と茂夫とが病室に呼ばれた時、祖母はもう意識を失っていた。痰のからまる急な呼吸に時々喘いで、その後はすーっと細長く息を引きながら、昏々と眠り続けていた。
二人はまた病室から出て、庭へ降りていった。ぼーっとした明るみを含んでいる空に、星が一つ見え初めていた。なま温い空気の中に、新緑の香が漂っていた。
「お父さんが死んだのも、こんな晩だった
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