て、今日だけ服でゆくのは余り図々しいよ。」
何が図々しいのか恒夫には分らなかった。然し茂夫は聞き入れなかった。
「それから、君の家の人には知らせないようにって、お母さんが云ったんだけど……。」
極り悪そうに恒夫が呟くのを、茂夫は上から押っ被せた。
「そんなことは分ってるよ。」
二人はそのまま学校を出た。茂夫が家に帰って着物に着変えてくる間、恒夫は遠くの方で待っていた。
「今晩遅くなるかも知れない、友達と活動を見に行くんだから、と云って来たよ。」
茂夫は得意げにそう云ったが、すぐに、初めての日のように憂鬱な表情をした。恒夫の家に近づくに従って、その額から眼のあたりの曇りが益々濃くなっていった。恒夫も変に口が利けなかった。
何だか憚られるような気がして、そっと家の中にはいると、二人はそのまますぐに、祖母の病室の方へ連れてゆかれた。
次の室で、祖父と伯父とが碁を囲んでいた。それが何だか異様に感ぜられた。一寸まごついて立ってると、祖父は二人の様子をじろりと見やって、※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]で奥の室を指し示した。別に怒ってるようでもなかったので、恒夫は少し安堵した。
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