す笑い出してはよく叱りつけられた。茂夫は一生懸命になってよく覚えた。その指先が非常に綺麗で器用だった。
「お前には碁の才がある。碁打になっても立派な者になれそうだ。」と祖父は云った。
「僕は碁打になんかなりません。」と茂夫は不服そうに答え返した。
 すると祖父は上機嫌に笑いながら、自分の室へ帰っていった。
 けれど祖母の前に出ると、茂夫は妙に竦んでしまった。どうしたんだい、と恒夫に尋ねられても、彼は答えることが出来なかった。
 祖母はずっと寝たきりだった。そして恒夫から書物を読んで貰うのを楽しみにした。どんな書物でも構わなかった。書いてある事柄なんかどうでもよくて、ただ恒夫の声を聞くのが目的らしかった。
「僕が小さい時、」と恒夫は茂夫に云った、「御伽話やお化の話を沢山聞いたから、そのお返しなんだよ、屹度。」それから彼は声を低めた。「お父さんも死ぬ前に書物を読んで貰いたがったそうだから、お祖母さんももう長く生きないかも知れない。」
「大丈夫だよ、まだ元気じゃないか。」
 茂夫は打消すようにそう答えたが、祖母の所へ行くと、顔を伏せて固くなってしまった。恒夫に代って書物を読んでやる時には、変
前へ 次へ
全33ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング