んが好きだ。」
「僕も好き……になったような気がするよ、君に逢ってから……。今のお父さんなんか頑固で嫌いだ。」
「お父さんが生きてたら、僕達は素晴らしく沢山の兄弟になってたかも知れないよ。」
 茂夫は驚いたように眼を見張ったが、そのままの顔付で口許に微笑を浮べた。恒夫はじっと空の奥を見入っていた。

 恒夫と茂夫とは、どちらからともなく互の学校へ出かけていって、植物園や上野公園や時には日比谷あたりへも、ぶらつき廻った。
 学校の帰りが夕方になることが多いのを、母から怪しまれていろいろ尋ねられても、恒夫は何やかやいい加減の口実を並べ立てて平然と空嘯いていた。そして心の中は、吾弟を得たり、といったような晴れやかなもので満たされていた。そして遂には、茂夫を家の中へまで連れて来た。小野田の姓から一字省いて、野田という親友だとふれこんだ。豊山中学の制服だと気取られそうなので、いつも和服に着変えさしてきた。誰も茂夫だと気付く者はなかった。
「どうだい、うまくいったろう。」
 茂夫はにこにこしながら首肯いた。
 桜や桃の花が散って、萠え立つような新緑に樹々が包まれ初めていた。庭には真赤な躑躅が咲いて
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