惹かれる淋しいことだった。
 家に帰ると、風邪をこじらして寝ついてる祖母の所に、丁度医者が見舞って来ていた。
「お祖母さん、もう桜の花が咲いていますよ。」と恒夫は不満そうに云った。
 火鉢の上の洗面器から立昇る湯気の向うから、祖母はしょぼしょぼした眼で見返した。その様子が、恒夫には何だか親しみ薄く感ぜられた。

 恒夫は茂夫に逢うのをしきりに待った。茂夫の広い高い額とその下の上目がちな小さな眼とが、頭の中にまざまざと残っていた。それを見つめていると、弟というよりも寧ろ兄という感じだった。
 でもやっぱり弟なんだ、陰気な弟なんだ……そう恒夫は自ら云って、胸の底が擽ったいような気持を覚えた。と共にまた、自分自身に張りが出来たような気もした。
 茂夫はなかなか、姿を見せなければ手紙も寄来さなかった。恒夫は苛ら苛らしてきた。そして丁度一週間目の土曜日に、彼は最後の望みをかけながら、わざわざ友達から一人後れて、学校の門を出て見廻すと、向うの電車停留場の柱の影に、書物を手にして読んでる風を装いながら、こちらを見守ってる少年があった。それが茂夫だった。
 二人は眼と眼でうなずき合って電車道を歩き出した。
「僕いろいろ考えてみたけれど、二人っきりなら構わないと思って、やって来たの。」
 その調子から様子まで、先日の茂夫とは全く異っていた。恒夫は一寸面喰ったが、そのはずみを受けて心が躍った。
「僕どんなに待ってたか知れないよ。」
「だって僕はいろんなこと考えたんだもの。君がやって来たのは、僕に恥をかかせるためじゃないかしら、というような気もしたし、お母さんに相談してみようか、と思ったり、何か大変悪いことをしてるのじゃないか、と思ってみたり……いろんなことを考えたよ。でも何でもないことなんだ。僕達は兄弟なんだから、兄弟として親しくしたって、ちっとも悪かないんだね。」
「悪いもんか。……君は変だな、どうしてそういろんなことを考えるの。悪い癖だよ。」
 茂夫の額は一寸曇りかかったが、すぐに前よりは一層晴々と、而も何だか狡猾そうに、輝いてきた。
「僕にはまだいろんな悪い癖があるそうだよ。」
「どんな癖が……。」
「どんなって、自分じゃ分らないが、お父さんがそう云うんだもの。」
「じゃあ、お父さんは君を愛していないんだね。」
「いや、愛してくれてるよ。」
「だって可笑しいなあ。」
「ちっとも可
前へ 次へ
全17ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング