。それでも私は涙ぐんだ心地で彼等を見なければならなかったのである。
何か大いなるものの意志が、力が、凡ての上に働いて居たのである。無慈悲でそして涙ぐまるるようなものの力が。私は自分の巣に帰るのを止めて、町の裏に在る湯の湧き出る沼の方へ歩いて行った。山腹からつき出た大きな岩石の上に立つと、すぐ足下に小さな沼があって、その灰色の流砂の底から、むくむくと熱い湯が湧き出ていた。熱い鉱泉と共に、時々大きな水泡がぶく……ぶく……と水面に上っては消えた。夕暮の仄暗い靄が沼の上に立ち罩めると、水面からは白く立上る湯気が見られた。
私は岩の上に立ちながら、長い間じっとして、沼の水面を、地下から湧いて来るその熱の湯を、眺めていた。鉱物性の臭いが私の顔にふりかかってくる。私は眩暈に似た一種の夢想のうちに、何か奥深いものを、神秘なものを、見つめていた。そして、ふと我に返ると、冷たい震えが全身に伝わった。山合の谷間から夜の眼が覗いていた。そして東の空に懸った月の光りが鋭く磨ぎ澄されようとしていた。
それでも、その晩私は、長々と身体を湯壺の中に伸し、それからまた洋灯の光りをまじまじと見守った。そして鳴きしき
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