露わに曝されて転っている自分の心が、震えて居た。何処からともなく冷かな空気が流れて来て、足下の草葉が戦いでいる。
 雄大な姿をくっきりと空に峙たしている男体山の峯影から、それとも見えぬ靄が平原の上に流れ寄って来るのであった。それはやがて、西に傾く日脚の後を追って、平原の上に濃く立ち罩めて来るであろう。そして禿岩の上に霜を置き、草葉の末に露を置くであろう。遠くその高原をかこむ山の頂を越えては、平地の上に夜の雲を被せるであろう。
 私は逐わるるようにして自分の巣の方へ帰って行った。そうだ、巣というより外に、自分の宿を指して名づくる言葉をその時私は知らなかったのである。
 静かな湖水の縁に沿って、白樺や※[#「木+解」、第3水準1−86−22]や落葉松の立ち並んだ間を分けて、曲りくねった一筋の道を辿ると、枯枝の束を背負った女に私は幾度か出逢った。そして道の傍で、風に倒れた大木の幹を切っている男を見た。雪が来ない前に彼等は、それらの薪を自分の小屋に運ばねばならないのである。彼等の節くれ立った頑丈な指先を見て、私は何かに感謝したくなった。何故か? 私はそれを知らない。彼等は私と何の交渉もないのだ
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