男体山の穏かな姿が東方に聳えている、戦場ヶ原の高原に出る。広い平らな高原のうちには、恐ろしく澄み切った空気が静かに澱んでいた。そして私の足も、其処まで行けば自然に止るのであった。
落葉松の大木が七八本すっくと立ち竝んでいる広い高原の片隅には、牛の群れが丈高い雑草を食って居た。小さな番人小屋の入口には、一人の女が日向に坐って小児に乳をやっていた。その側を通っている一筋の道が、平原の真中を真直に横ぎっていた。その道に沿って一軒の茶店の藁屋根が、遠く野の中に見られた。
私はそれらの景色をただぼんやり眺めた。かの牧牛者等の生活が如何なるものであろうと、また、かの茶店の老女の生活が如何なるものであろうと、それは彼等が自然の一要素としての役目をこの高原で演じていることを少しも妨げなかった。「都会からの遊客は、田舎の人々を単に自然の一要素として見るに馴れている、そしてなぜにそうなったのか?」そういう問いは凡て無益なことであった。私自身も亦自然のうちの一個のものにすぎないではないか。
道がその野中に歩み入ると、高い雑草が私の足を呑み込んでしまう。草を藉いて仰向に寝転ぶと、直接に私の上に空がある、
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