然し、真意は、僕も君に同感だよ。破れ服で世界をのし歩いたっていいさ。少しも恥かしいことはない。ただ、日本の文化は、経済は、産業は、破れ服のままではいけない。仕立て直さなくちゃいかんじゃないか。」
「ワイシャツは綺麗なのを着ることだ。」
 木山はそう応じて、それから、酔っ払ってるらしく口ずさんだ。
「年をへし、糸の乱れの苦しさに、衣のソデはほころびにけり……。」
 聞いてた人々は唖然とした。擦り切れた袖口についての現実的な憤慨から、いきなり、古い戦記物語の和歌に入り込んだのである。二つ三つ、拍手が起った。それをきっかけに席を立つ者もあった。
 崎田夫人も立ち上った。
「酔っ払いは、もう相手にしないことにきめました。」
「ええどうぞ。」
 木山はなにか嬉しそうな笑顔をして、また酒杯を取り上げた。毛の薄くなってる顱頂部に汗がにじんで、それをハンケチでくるくる拭いた。それから黙りこんで、彼は雑談の圏外に出た。
 林が彼のところへ立って来て、肩を叩いた。
「ちょっと頼みたいことがあるんだがね。君は東京の新聞社にも知人が多いだろうから、少し力をかしてくれよ。小坂澄子、新進ピアニストだが、来週、晴れ
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