で、日本の文化や経済などの一般情勢を暗示してるのだと、感ぜられないこともなかった。それを今、上衣の袖口そのものだけを持ち出して、木山は憤慨してるのである。
「なにが恥かしいことがあるものか。僕だったら、この擦り切れた背広で、アメリカだろうとイギリスだろうとフランスだろうと、堂々とのし歩いてやる。それぐらいの気慨は持ちたいものだ。」
近くにいた洋装の崎田夫人が、まずいことを言った。
「木山さんのお洋服、御自慢なさるほどいたんでいないではございませんか。もしかすると、わたくしのシュミーズの方が、もっと擦り切れてるかも知れませんわ。」
木山は眉をひそめた。
「擦り切れたシュミーズなんか、打っちゃってしまうんですね。もしあなたの仰言るのが本当なら……ですよ。僕は、ワイシャツはいつも綺麗なのを着る。上衣は破けていたって構わない。御婦人がたは反対だと見えますね。」
「まあ、ずいぶん失礼なことを仰言るわ。もっとも、酒に酔っていらっしゃいますからねえ、ほほほ。」
崎田夫人は真赤になり、強いて皮肉な笑いかたをした。
あちらの席から、川村が声をかけた。
「木山君、僕の話が君の不興を買ったようだね。
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