じゃないか。僕の方にだって都合があるからね。」
 彼は由美子のことを思い出していた。
「松の木のことなんか、今明日にさし迫った問題じゃあるまい。」
 くどくどと、弁解の言葉が受話器に伝わってきた。
「だいたい、ばかげた話だ。何が神木かね。まだそんな迷信が残ってるのか。さっさと切り倒せばいいじゃないか。」
 くどくどと、また弁解の言葉だった。
「そんなこと、取り合うのがばからしい。電報を打つんだ。松食虫に相違ないから、切り倒せと、電報にするんだ。」
 なおくどくどと、弁解の言葉だった。
「そんな下らない用は打ち切ってしまえ。僕は今日は行かないからね。」
 二十分ほども怒り散らして、木山は電話口を離れた。
 彼は書斎に上ってゆき、茶の間に下りてき、庭をぶらつき、それからまた酒を飲みだした。眉をしかめながら、黙々として飲んだ。
 女中を呼んで、すぐに風呂をわかすように言いつけた。
 そして時折、小刻みに頭を震わしてるのだった。
 八重子は慴えたように、彼の様子をひそかに見守るばかりで、口が利けなかった。
 彼はなんだか皮肉な笑みを浮べて、八重子に言った。
「僕はやはり、お前を愛していたようだ
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