くなっていたのである。白髪染めの八重子の髪の臭いが、気のせいか鼻についてきた。
彼はいい加減に酒を切り上げて、外出の仕度を始めた。
そこへ、事務所から、というより地方新聞の出張所から、電話がかかってきた。
その地方の神社の一つに、みごとな松並木を持ってるのがあった。その松のうち、二本ほど、昨年から枯れかかっていた。県の技手の調査によると、松食虫の害らしいとのことで、伐採の議が起ったが、古老たちの反対で、まあもう暫く様子を見てみようということになっていた。ところが、どうも生き返る見込みがなさそうだから、暑くならないうちに切り倒して、害虫の蔓延を防ごうということになったが、有力な反対が起った。なにしろ一種の神木に関することであり、慎重を期する必要があるので、も一度、専門の博士に鑑定を仰ぎたい。ついては、木山宇平がこんどあちらへ行く際に、その博士を同道願えないものだろうか。そういう頼みだった。
木山は忘れていたが、明後日、彼は出張する予定だったのである。
木山は聞いていて、かっとなった。事務員を怒鳴りつけた。
「予定はあくまでも予定だ。僕があちらへ行こうと行くまいと、それは僕の勝手
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