。彼女だって、汗をかくことがあるし、心臓をどきつかせる。なんてざまだ。いや、俺はもっとひどい。ふだんでさえ、ぶるぶる震える手で酒杯を持ち、頭の天辺から湯気を立て、動悸を早めてる。なんていやらしい肉体だ。お前のようなものは、もうたくさんだ。別れようじゃないか。さよならだ。お前ときっぱり訣別したら、俺はどんなにか清々するだろう。ざまあ見ろ。これでさようならだ。お前がいくら追っかけて来ようと、俺はもう振り向きもしないぞ。穢らわしい奴だ。お前ばかりか、由美子の肉体だって、八重子の肉体だって、穢らわしさに変りはない。由美子のは、腋臭めいた臭気がするし、八重子のは白髪染めの臭気がする。いくら香水をふりまいてもだめだ。ざまあ見ろ。さようならだ。≫
 由美子は木山の肩を捉えて揺った。
「木山さん、起きて下さい。そして、はっきり言って頂きましょう。」
 木山は黙って、彼女の顔を眺めた。
「あなたの御本心は、私にじっと塚本のところで辛棒せよと、そうなんでしょう。」
 木山はまだ黙っていた。
「そうしてるうちに、自然と別れることになると、それをお望みでしょう。」
 木山は返事をしなかった。
「よく分りました
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