っそり萎びた感じがすることもあった。便通が甚しく不整だった。食慾も不整で、而も次第に減退してゆくようだった。飲酒慾だけは常に旺盛だった。物忘れが甚しく、時によると記憶全体がぼーっと陰った。全身にいつも倦怠感があった。注意力が散漫だった。これはいったいどうしたことか。肝臓にでも異変があるのかも知れないぞ。こんな肉体はもうたくさんだ。≫
 木山が呼鈴を押すのを見て、由美子は心配げに眉根を寄せた。
「またお酒でしょう。もうこれぐらいになすったら。お身体がわるいとか仰言ってたじゃありませんか。」
「なあに、大丈夫ですよ。日本酒だけなら、いくら飲んだって……。」
≪お前が要求するのは、酒、酒、ただ酒だけなのか。≫
「それでは、ほんとに愛情を育てていって下さるおつもりですね。」
「そうです。いま言った通りです。」
「それでも、わたしが塚本と同じ家に住むとなると、やはりおいやでしょう。」
「そりゃあいやですね。」
「では、どうすればよろしいの。」
「あなたの決心次第です。」
「わたしの決心はもうきまっていますの。あなたさえ許して下されば、家を出てゆきます。」
「家を出て、どこへ行くんです。」
「どこでも、あなたのおよろしいところへ。」
「よろしいところって、そう急には見つかりませんよ。」
「しばらくの間なら、宿屋住居だって、ホテル住居だって、構いませんわ。それぐらいのお金は、わたし持っていますから。」
「然し、その先が問題ですよ。」
 由美子はきっとなって、木山を見つめた。
「木山さん、わたしの眼をじっと見つめて下さい。そして、本当のことを言って下さい。」
 木山は彼女の眼を見つめて言った。
「僕はあなたを愛しています。」
「それだけ。」
「それ以上に何がありますか。」
「あなたの仰言るのは、言葉だけですわ。」
「では、どうしたらいいんです。」
 彼女は上目がちに眼を宙に据えて、内心に思いをこらしてるようだった。それは暴風の前兆のようだった。木山は炬燵布団に顔を伏せた。
≪俺がいま、彼女を抱きしめてやったら、彼女の心はすぐに和らぐだろう。然し、そのことがいったい何だ。俺自身、自分の肉体に愛想がつきてるじゃないか。彼女を抱いて寝ながら、俺は夜中によく汗をかいた。かりに、アルコールが体内にぱっと燃え立つ、そのせいだとしても、見っともなく、薄汚いじゃないか。汗の臭気ほど下等なものはない
前へ 次へ
全13ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング