地水火風空
豊島与志雄
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(例)薄暗い[#「薄暗い」は底本では「薄晴い」]だらだら坂を
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月清らかな初夏の夜、私はA老人と連れだって、弥生町の方から帝大の裏門をはいり、右へ折れて、正門の方へぬけようとした。二人とも可成り酔っていた。不忍池の蓮の花に、月の光が煙っているのを眺めながら、一杯傾けての帰りなのである。
八角講堂の裏の、薄暗い[#「薄暗い」は底本では「薄晴い」]だらだら坂を上りきって、ぱっと蒼白い月光の中に出た時、A老人は突然立止って、私の肩を叩いた。
「どうだい、こうして眺めると、大学というものも悪くないね。」
A老人が振向いた方を眺めると、辰野工学博士の傑作の一つとされてる工科大学の建物が、中世紀風のシャトーの姿を、星屑の淡い夜空に、くっきり聳やかしている。全体が優雅に模糊として、頂のクレノーが厳めしい。
ほほう、これはまた不思議だ……と私は思ったのである。頭髪半白な剽軽なA老人が、ゴシック式のシャトーを讃めようとは。
だが、老人の眼は、よく見ると、工科大学の建
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