物の方へではなく、すぐ前の、こんもりと茂った木の下影の、何だか怪しい物に注がれていた。
「何を見ているんですか。」と私は尋ねた。
「何をだと……。」そして彼は私の顔をじっと見返した。「君は大学で何を学んだ。」
「何をって……。」
「いや、大学に幾日通った。」
私はその変梃な問に、咄嗟には答えられなかった。
「はははは、変な顔をしているね。間抜けじゃないか。俗悪な銅像や石像が並んでる中に、万緑叢中紅一点という碑があるのを知らないのか。」
「へえー、紅一点……。」
「あれさ、よく見てごらん。」
指差されたのは、紅一点どころか、怪しげな恰好の物だった。人の身長ほどの高さの、上に饅頭笠を被って、低い台の上に立っている。円い筒、川獺が化けるという坊主姿のような石の碑だった。それが、地面から七八本の幹になってこんもりと茂ってる冬青樹の下影の、八手や躑躅の茂みの間に、ぼんやりつっ立っている。
「あの碑ですか。」
「そうさ。大学中で一番面白い風流なものだ。知らなかったのか。迂濶だね。……碑の表と裏とがまた素敵だ。」
私達は芝原の中に歩み入って、碑を眺めた。円柱の南面には、長方形に削り取られた中に
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