んが帰ってゆき、お島さんもちょっと片付けものをし、店をしめて帰ってゆきました時、二階への梯子段の上り口のところで、井上さんは突然、よろけるような風をして、私の背にもたれかかりました。ほんとによろけたのではありません。背中に押っ被さるようにして、両手を肩から胸へまわし、抱きしめてしまいました。熱い息が、頬から襟元へかかります。私は呼吸もとまる思いで、立っておられず、へたへたとくずおれて、そこの板敷につっ伏してしまいました。井上さんは何とも言わず、よたよたと梯子段を昇ってゆきました。
私は起き上って、体中、着物をはたはたとはたきました。それからまた、顔から首まで洗い、手を洗い、足も洗いました。胸がむかついてき、残ってるウイスキーを、やけに飲んでやりました。どこもここも、男くさくって、穢ならしいのです。そればかりでなく、妙に恐ろしくさえなりました。どんなことが起るか分りません。なにか真黒な怪しいものが、いつ襲ってくるか分りません。えたいの知れない厭らしい恐怖です。
私はウイスキーを飲んでやりました。何の役にも立たないかも知れないが、クマを檻から出して土間に放ってやりました。クマは土間を嗅
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