不潔ではありませんか。陰湿な不潔さ、そこからも男くさい臭いが発散してきます。
 裸になると、男より女の方が不恰好だと言われています。それはそうかも知れません。胴のわりに足が短く、尻が大きくて、恰好はよくないかも知れません。けれどもそれを女は衣裳で補っております。衣裳は単に、寒さ暑さを防ぐだけのものではなく、姿を美しくするためのものでもありましょう。姿を美しくするためのその衣裳を、男のひとは何と思ってるのか、すぐに脱ぎたがり、肌を出したがります。肌を出してもよいのは、むしろ女の方ではありますまいか。女の肌はなめらかでこまかく、革のような男の肌よりどんなに美しいか分りません。それに、男のひとはいったい不精です。耳垢をため、鼻糞をため、肱や膝はざらざらです。人前でも平気で、小指で耳垢をほじくったり、人差指で鼻糞をほじくったりします。倉光さんにせよ、井上さんにせよ、クロを撫でまわし、鼻糞をほじくったその穢ない手で、お菓子をつまんで食べます。女は、私だって姐さんだって、そんなことは決して致しません。
 恥を知るがよい。そして廉恥心を持つがよい。
 姐さんが、絽刺したハンドバックを、赤珊瑚の帯留を、私の前に並べて、これは倉光さんからのものだと言いました。あのひとの店にある品物ではなく、東京の町に出たついでに買って来たもので、ふだん、コーヒーや酒でいろいろお世話になっている。その礼心だとのことです。私はびっくりして、尋ねました。
「あたしにですって。お姐さんには?」
 姐さんは切れの長い眼で私をきっと見て、それから突然ほほほと笑いました。
「あたしなんか、どうだっていいじゃないの。」
 姐さんはもと芸者をしていたことがあるので、ひとから物を貰うのも貰わないのも、どうだっていいでしょう。けれど、私としては倉光さんからそのような物を貰うことが、なんだかへんでした。姐さんを差し置いて、という気もするし、あとが怖い、という気もするし、それからまた、ハンドバックにも帯留にも、犬や鼻糞の臭いがうつってるような気もしました。ちっとも有難くないばかりか、厄介にも思われました。
 次に倉光さんに逢った時にちょっとお礼は言いましたが、つんと澄ましていてやりました。ぴかぴか光ってるポマードの髪が、憎らしくさえなりました。
「美枝ちゃんの気に入るかどうか分らなかったが、まあ我慢してくれよ。こんどまた、な
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