れだって、あんなにぴかぴか光らしはしません。油が浮いて流れるように光っていて、どうかすると白く埃がくっついてることもあります。却って不潔です。その上ポマードの臭いと犬の臭いと一緒になると、とてもいやなものになります。倉光さんはいつでも、クマを撫でさすり膝に抱きあげることさえあります。男のひとはいったい、犬の臭いをどうして厭がらないのでしょう。厭がらないばかりか、むしろ好きなようです。
 犬が好き、そしてポマードが好き。両方の臭いを一緒にすると、それは助平根性の臭いです。あ、とんだことを口走ったが、こうなったらもう後へは引けません。無茶苦茶に、何でも言ってしまいましょう。
 倉光さんもそうですし、井上さんもそうですが、物に腰掛ける時、両の膝をひろく両側へひろげます。男のひとは皆そうします。電車の中などを眺めても、膝を両方にひろげて、自分の股の間はすいているのに、隣りの人とは股で押し合っています。なぜあんなことをするのでしょう。腰の骨組のせいではありますまい。股の間に男のあれがあるので、それが邪魔になるのでしょうか。
 そのことについて、私はおかしな話を聞きました。井上さんが連れてきたお客同士の話です。男はいつも睾丸がさっぱりしていなければいけない。ということに二人は同意した上で、一人は言いました。
「そこで、僕は、毎朝起きると、睾丸を水で洗うことにしている。さっぱりしたものだ。」
 も一人は言いました。
「僕は、いつも、猿股も何もかも脱ぎすて、素っ裸になって寝間着に着かえ、そして寝ることにしている。さっぱりしたものだ。」
 聞いていて私は極りわるいよりもむしろ、呆れました。毎朝水で洗うことも、パンツ一つない素っ裸で寝ることも、どちらもへんなものです。
 けれども、それはそれだけの理由があるに違いありません。つまり、そんなことをしなければ、股倉がさっぱりしないのでしょう。そんなことをしなければならないほど、股倉が、……なんと言ったらよいか、まあ、陰湿なのでしょう。そうです。男の股倉はみんな陰湿なのです。だから、いつも両股をひろげて、風通しをよくしたいのです。両股を女のようにつぼめて、風通しを悪くすると、ますます陰湿になって気持ちがわるいのです。
 女の方が不潔だなんて、どうして言えますか、女はいつもさっぱりしたものです。男はさっぱりしていないのです。股倉が陰湿なんです。
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