、お前は、それごらんなさいという顔をして、ますます攻勢に出てくる。あたしよりもあの女の方を愛していらっしゃるんですね、あたしに使う金は惜しくて御自分の酒に使う金は惜しくないんですね、風向きの悪い話になると黙りこんでそっぽ向いてしまいなさるんですね、痛いところを突っ突かれると怒鳴りつけて虚勢を張りなさるんですね……何とかかんとか、結局のところ、僕は一片の愛情もないエゴイストで卑怯者で我利々々亡者だということになる。男の複雑な心情がお前にはさっぱり分らないんだ。
女――ええ、あたしにはどうせ複雑なことは分りません。あたしは単純で、そして現在に生きております。あなたは複雑で、そして未来にだけ生きていらっしゃる。今に、こうなったらこうしてあげる、こうなったらああもしてあげると、先の約束だけで、そしていつまでもその時は来ないじゃありませんか。いつもいつも約束手形ばかりで、その期日が先へ先へと延びていきますと、それも空手形にすぎなくなるじゃありませんか。だからあたしは、もう待つのに倦きました。あなたとあんなことになって、二人とも会社をやめて、あなたには僅かな収入しかないし、あたしはバーに勤めなが
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