切なんだ。もしもお前がどっかへ行ってしまったら、僕はもう……。
狸石のほとりに、また青白い火がどろどろと燃えた。その明るみの中に、地中から湧き出したかのように、女の姿が現われた。眼鼻立ちはきりっとして美しいが、肉がすっかり落ちて蝋細工のように見え、縞模様も分らぬ着物をまとい、髪を乱していて、死人のような感じである。不思議なことには、男と女は顔を見合せもしなかったが、互に相手がそこにいるのを当然のことと思ってるかのようだった。男はやはり狸石の肩にもたれたままだし、女は狸石の根元にしゃがみこんでいる。
女――分りましたわ。あなたはやっぱり、あたしよりこの石の方を愛していらっしゃるのね。
男――それがどうだと言うのかね。
女――どうとも言いはしません。ただ、そうだと言うんです。
男――お前はいつもそうなんだ。口先でいくらごまかそうとなすっても、いくら言いくるめようとなすっても、あなたの本心は分っていますと、そういう断定をいつも持ち出す。女の独りよがりの勝手な断定というものは、鉄の壁のようにぎくとも動かない。それに頭をぶっつけると、こちらの頭が砕けるだけだ。だから僕が一歩後にしざると
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