前を買い取って家の庭に据えたかったんだ。然し、お前も知ってる通り、僕は貧乏なんだ。お前の値段がどれほどのものか、運搬の費用にどれほどかかるものか、さっぱり見当がつかなかった。なにしろでっかい石だからな。だから僕はだいたい諦めて、金持ちの友人に買って貰おうと思ったよ。これは俺の恋人だ。君が買い取って庭に据えておいてくれ、時々見に行くからね、とそう僕は言った。だが、誰も買ってくれる者はない。もし見ず識らずの者に買われたら大変だ。僕だって、いつまでも貧乏だとは限らない。いまに金を儲けたら、君を家の庭に引き取るから、それまで待ってくれ、それまで待ってくれと、心で泣いていたよ。辛かった。切なかった。お前の肩につかまって、幾度涙を流したことか。
男――それから、戦争さ。僕は遠くへ行った。さんざん苦労をした。だが、お前も、空襲に堪えて、よくここにじっとしていてくれたね。見れば、美しい苔も剥げ落ちてしまってる。火をかぶったのか、黒くよごれてる。子供たちのチョークで、いたずら書きはされてる。でも、そんなことはどうでもいいんだ。無事にここに立っていてくれてること、つまりお前の存在が、それだけが、僕には大
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