ークでいたずら書きをするだけで、ただ放置されていた。
 ところが、或る夜、淡い上弦の月が西空に傾いてる頃、その焼跡に、青白い火がどろどろと燃えて、狸石のほとりにぼーっと明るみを投げ、人の姿を浮き出さした。背の高い痩せた蓬髪の男で、狸石の肩のところに両腕でもたれかかり、腕に顔を伏せている。泥酔しているのか泣き悲しんでいるのか、どちらとも分らない。ただ異様なのは、着流しの和服らしいその裾からはみ出している片足が、血まみれになっていた。
 男――ああ、ようやく辿りついた。お前は、よく待っていてくれたね。もうどっかへ行ってしまったかも知れないと、まさかそんなこともあるまいとは思いながら、びくびくしていたが、ここにいてくれてよかった。これで安心だ。何物も恐れないぞ。だが、若しかった。僕の足を見てくれ、血だらけだ。駆けつけて来たんだぜ。煉瓦やコンクリートの破片に躓くし、穴ぼこに落ちこむし、茨に引っ掻かれるし、何度ぶっ倒れたか知れない。それでも、お前がここにいてくれたんでまあよかった。おい、何とか言えよ。
 男――もっとも、お前がどっかへ行ってしまうこともあるまいと、僕は思ってはいたさ。ほんとは、お
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