狸石
――寓話――
豊島与志雄

 戦災の焼跡の一隅に、大きな石が立っていた。海底から出たと思われる普通の青石だが、風雨に曝されて黒ずみ、小さな凹みには苔が生えていた。高さ十尺ばかり、のっぺりした丸みをなしていて、下部を地中に埋め、茶釜大の丸石で囲んであった。その石全体の恰好に、別に奇はなく、人目にはつかないが、然し見ようによっては狸とも思えた。巨大な狸が尻で坐って、上半身をもたげ、真直にすーっと伸び上ってる、そういう姿なのだ。じっと見ていると、ますます狸に似てきて、頭をもたげとぼけた風で空を仰いでおり、眼らしい凹みもあり、前足を縮めてるような突出部もあり、なお見ていると、こちらにやさしく抱きついてきそうである。
 都心に遠く、昔は郊外とも言える土地で、その辺一帯が焼跡になっていて、人家もまだ余り建たず、薄荷の匂いのする青草が茂り、所々に芒が伸びていた。その荒地を分けた小道のほとり、石屋の名残りらしく、大小さまざまな石がころがっていて、その片隅に、巨大な狸が伸び上って空を仰いでるのである。然しその狸石に注意を向ける通行人は殆んどなく、時折その辺へ遊びに来る子供たちが、肩に登ったり、チョ
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