ら眼が見えないのかな」と次郎七が言いました。
「きっと眠っているんだろう」と五郎八が言いました。
 それから二人は、椋鳥を片端《かたはし》から撃ち落としました。二十羽あまりもいた椋鳥を、すっかり撃ってしまいました。それを二人で分けて、喜んで帰ってゆきました。
 次郎七は勢いよく家に飛び込んで、狸《たぬき》はいなかったがこんな物を取ってきた、と言いながら椋鳥を畳《たたみ》の上に放り出しました。その顔をお上《かみ》さんはじっと見ていましたが、思わずぷっとふきだしてしまいました。
「何を笑うんだい」と次郎七はたずねました。
「だっておかしいじゃありませんか。椋鳥だなんて言って……」
 見ると、椋鳥だと思ったのは、みんな椋の葉だったのです。
 そこへ、五郎八がやって来ました。ぷんぷん怒っていました。五郎八の方でも、椋鳥だと思ったのは、家へ帰ると椋の葉だったのです。
「どこまでも人を馬鹿にしてる」と二人は怒鳴《どな》りました。
 こうなると、なおさらすててはおけません。二人は翌晩も八幡様《はちまんさま》の森へ出かけました。そして椋の木を見上げると、またたくさんの椋鳥がとまっています。小首を傾《かし》げて二人の方を見下ろしながら、羽ばたきまでしています。二人は半《なか》ばやけになって、その椋鳥を撃ち始めました。ところがこんどは、どうしても弾丸《たま》が当たりません。椋鳥《むくどり》はぴょいと身を交わして、弾丸をみんな外《そ》らしてしまいます。二人は何十発となく弾《う》ちましたが、一羽も弾ち落とすことが出来ませんでした。しまいには力がぬけて、鉄砲を杖《つえ》に佇《たたず》みました。そしてよくよく見ると、今まで椋鳥がとまってると思った枝には、散り残ったわずかな椋の葉が、明るい月の光りを受けて、嘲《あざけ》り顔にきらきら光っていました。
 二人はまた化《ば》かされたのでした。こんなふうではいつまでも狸《たぬき》に打ち勝つことは出来ません。もう御隠居《ごいんきょ》に相談する外はないと、二人は考えました。

      三

 御隠居というのは、村一番の学者で、何でも知ってる老人でしたが、皆が大変尊敬して、「御隠居、御隠居」と呼んでるのでした。次郎七と五郎八とは、翌日早くその家へ行きました。そして前からのことをすっかり話した後、何とかその狸をやっつける工夫《くふう》はあるまいかとたずねました。
 御隠居は二人の話をにこにこして聞いていましたが、やがてこう言いました。
「それは中々おもしろい狸だな」
「おもしろい所じゃございません」と二人は言いました。「しゃくに障《さわ》ってたまらないんです」
「じゃあ一つ、わしがそれを生捕《いけど》ってあげよう。そのかわり、ほんとに生捕ることが出来たら、手荒なことをしないで、万事《ばんじ》わしに任《まか》してくれるかね」
 二人は承知しました。
 その晩月が出るのを待って、三人は八幡様《はちまんさま》へ出かけました。次郎七と五郎八とは縄《なわ》を持ち、老人は南天《なんてん》の木の枝を杖《つえ》についていました。
 椋《むく》の木の所へ行って見上げると、椋鳥《むくどり》も何にもとまっていないで、ただわずかな葉が淋しそうについているきりでした。
「畜生《ちくしょう》、今晩は出ないのかな」
「まあ待っていなさい、今におもしろいことになるから」と老人は言いました。
 やがて老人は、じっと椋の木を見上げながら、大きな声で言いました。
「それ、木の葉が小鳥になった!」
 するとその言葉通りに、椋の葉が皆椋鳥になってしまいました。
 老人は暫《しばら》くしてまた言いました。
「それ、狸《たぬき》が姿を現わした!」
 するとその通りに、椋の枝に上ってる狸の姿が見えてきました。
 老人はまた言いました。
「それ、狸が腹鼓《はらづつみ》をうちだした!」
 狸は月に向かって腹鼓をうちだしました。
 次郎七と五郎八とは、今度は御隠居《ごいんきょ》に化《ば》かされてるような気持ちになって、腹鼓をうってる狸とにこにこ笑ってる老人とをかわるがわる見比べていました。老人はその二人の耳に、こんなことをささやきました。
「狸《たぬき》は何でも人の言う通りになると聞いていたが、なるほど本当だな。お前さん達は、あべこべに向こうの言う通りになるから化《ば》かされるのだ。まあ見ていなさい。今に狸が死んだふりをして落ちてくるから、そうしたら、縄《なわ》で縛り上げるがよい」
 しばらくして老人は、南天《なんてん》の杖《つえ》をふり上げて、非常に大きな声で叫びました。
「それ、狸が死んで落っこった!」
 すると、今まで腹鼓《はらづつみ》をうっていた狸は、にわかに死んだ真似《まね》をして、椋の木から落ちてきました。
 次郎七と五郎八とはすぐに駆け寄って、縄で縛り上げ
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