てしまいました。
 狸は老人の前に引き据《す》えられて、頭をぴょこぴょこ下げました。老人は言いました。
「お前は人間を化かして不都合《ふつごう》な奴《やつ》だ。だが今度だけは助けてやってもいい。まあ、何でこの二人を化かしたか、その理由《わけ》を言ってごらん。そのままでは人間の言葉が喋《しゃべ》れないだろうから、人間に化けて言うがいい」
 老人は狸の縄を解《と》いてやりました。狸は一つお辞儀《じぎ》をして、とんぼ返りをしたかと思うと、立派なお婆《ばあ》さんの姿になってしまいました。そして申しました。
「どうも悪うございました。けれども、もとはこの人達の方がいけないのです。私が月にうかれて腹鼓をうってると、いきなり鉄砲でうとうとしましたから、つい化かす気になりました。でもあまりしつこく化かしたのはすみません。どうか助けて下さいませ」
「お前がそう言うなら、この二人と仲直りをさしてやってもいい。けれども、それには何か手柄《てがら》をしなければいけない。三日の間|猶予《ゆうよ》をしてやるから、そのうちによいことをして私の家へ来なさい。そしたら、この二人と仲直りをさしてあげよう。もし約束を違えたら、村中の者で狸《たぬき》狩りをするから、よく覚えていなさい」
 狸のお婆《ばあ》さんは、大変|有難《ありがた》がって厚く御礼を言いながら、三日のうちによいことをして来ると約束して、森の中にはいってしまいました。
 老人は、まだ夢のような心地《ここち》でいる次郎七と五郎八とを促《うなが》して、村へ帰ってゆきました。

      四

 その翌日から、不思議なことが八幡様《はちまんさま》に起こりました。今まで荒れ果てていたお宮の中が、綺麗《きれい》に掃除《そうじ》されました。屋根は繕《つくろ》われ、柱や板敷《いたじき》は水で拭《ふ》かれ、色々の道具は磨《みが》き上げられました。お宮のまわりの森も、草が抜かれ枯枝《かれえだ》が折られ、立派な径《みち》まで出来て、公園のようになりました。朝と晩には、神殿《しんでん》の前にお燈明《とうみょう》があげられました。しかも、誰がそれをしたのか更《さら》にわかりませんでした。村の人達は非常に不思議がりました。ただ村の御隠居《ごいんきょ》ばかりが、にこにこ笑いながら、その話を聞いていました。
 三日目の夕方、一人の立派なお婆さんが、御隠居の家を訪ねてきました。御隠居はそのお婆さんを座敷《ざしき》へ通して、大変喜びながら言いました。
「あなたは狸さんですね。約束を守ってほんとによいことをして下さいました。村のお宮が綺麗なのは何よりも気持ちのいいものです。これから長く、村の人達と親《した》しくして下さい」
 老人はすぐに、村中の者を集めました。そして狸のお婆さんを皆に紹介して、一部|始終《しじゅう》のことを話し、八幡様《はちまんさま》を綺麗《きれい》にしたのもこの人だと言ってきかせました。村の人達は、始めはびっくりし、次には大喜びをして、やがてうちとけてしまいました。
 それからは、八幡様が村人の遊び場所となり、昼間皆がたんぼに出ますと、その間|狸《たぬき》が子供達を守《も》りしてくれました。もし狸に仇《あだ》するような獣《けもの》が来ますと、次郎七と五郎八とが鉄砲で打ち取りました。
 毎年一回、秋の月のいい晩に、村中の人が八幡様に集まりまして、酒宴《さかもり》を開きました。それを「狸のお祭」と言いました。男も女も子供も、大勢《おおぜい》の子狸や孫狸と一緒に踊り騒ぎました。御隠居《ごいんきょ》がいろんな唄を歌いますと、それに合わして大きな狸が、腹鼓《はらづつみ》のちょうしを合わせました。

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ポンポコ、ポンポコ、ポコポコポン、
ポンポコ、ポンポコ、ポコポコポン。
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底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
   1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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