程よい人
豊島与志雄

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「あなたは仮面をかぶっていらした。その仮面を脱いで下さい。」
 泣きながら、京子は言うけれど、私としては、別に仮面をかぶっていたわけではない。ただ、最も穏当な方便を講じ、謂わば中道を歩いたに過ぎない。中道を歩く者に、どうして罪など犯せるものか。人々から非難される理由を、私は自分に発見出来ないのだ。
 或は、私は余りに謙虚な態度を装ったかも知れない。然し謙虚な態度というものは、如何なる場合にも尊重されて然るべきであろう。殊に、同僚から金を借りるような場合、どうして傲慢な態度など取れるものか。
 私はいつも、極めて静かに話をした。憐れっぽくもちかけて相手の心情を動かすというようなこともせず、深刻悲痛な調子で相手の同情を喚起するというようなこともせず、ただ静かに謙虚に話をした。つまり程好い話し方をしたのである。
 ――一万円ばかり、一カ月間、融通してもらえないでしょうか。
 一万円ばかりと、金額をぼんやりさせておくことが大切であり、その代り、一カ月間と、期限を明確にしておくことが大切なのだ。この点を私は強調した。
 ――一カ月後には、伯父から金が来ることになっている。まかり間違ったら、僕自身の給料をそっくり返済にあてるつもりです。
 私の月給は一万円と少しばかりあるし、この儀に不安はない。ただ伯父というのだけが方便であるが、それも言葉の上のことで、他から金がはいる約束になっているのだ。
 ――どうにもせっぱつまったというほどのことでもないし、是非ともとお願い出来る事柄でもないが、もし融通して貰えたら、たいへん仕合せだと、お話してみたのです。
 少しくゆとりを示しておくことが必要なのである。
 ――この節は、病気をしたらとてもいけませんね。診察料のほか、注射薬、飲み薬、頓服薬と、どれもこれもばか高いし、その上に滋養物をとらなければならないし、僕のような貧乏人には大恐慌です。まあ僕が丈夫だからいいようなものの、然し、母と妹と三人暮しの、その母なものだから、出来るだけのことはしてやりたいのです。母の病気がなおらないうちは、僕は結婚もすまいと、心ひそかにちかってるような次第です。今住んでる家が、戦災にもあわずに残ったので、日常に不自由はしませんが、売り払ってよい金目の物もありませんし、あまりひどい筍生活をしても、母に心配をかけて病気に障ってはいけないと、あれやこれや考えて、まったく気が腐ってしまいました。
 そういう風に、あとは世間話みたいに流してしまうのである。だが、嘘はあまりない。母の病気というのも本当だ。母は右肺に結核の病竈がある。もう可なりの年配だし、患部は固まっているので、さし当って心配なことはないが、ふだんに警戒を要する。過労や栄養不足は殊に避けなければならない。この母を大切にしたいというのが、私の真意なのである。
 斯くて、話の全般に気を配り、多少のゆとりを示し、決して押しつけがましくならないように話をした。
 それになお、私は自分の人相についても自信があった。色は白い方だし、眉根は開き、額は広く、殊に鼻がすっきりと高く、自惚れではないが、ノーブルな顔立ちと言って差支えない。私自身の経験から考えても、容貌に卑賤さや卑屈さや凶悪さなどが感ぜられる者には、金を貸す気にはなれないが、そうでない者には、うっかり金を出してやりがちだ。つまり私は、借金をし易い人相に生れついてるのである。
 然し、こちらはいくら条件が揃っていても、全然余裕のない相手では仕方がない。これは絶対的なことで、前以て私はひそかに物色しておいた。同じ会社に勤務していれば、多少の余裕があるかどうかの見当ぐらいはつく。
 そこで、借金を申し込んだのであるが、たいてい成功した。ただ、金額の点で、一万円が七八千円に値切られたことは往々ある。
 有数の大会社なので、同僚も多く、後には私の手に集まった金も十万円に達した。然し、私は返済の期日を後らしたことは決してない。期間を厳守することが、信用を得る基礎なのだ。各個人から秘密に融通して貰ったとは言え、どうかした拍子に、他へ洩れないとは限らない。然し、期限を厳守しておりさえすれば、信用を害うことはない。その上、暫く期間を置いて、同一人から再度の借金も出来るのである。約束の期日になると、私は返済金にピース十個ぐらいは添えた。同僚の仲だし、利息を出そうとしても取りはすまいし、謝礼に煙草十個など、まあ程好いところだろう。
 私の見当では、借金の全額はもっと殖すことが出来た。然し十万円程度に止めた。図に乗ってはいけないと、自ら手控えたのである。つまり、私としては、程よく自分の分を守ったつもりである。

 右のような借金政策を私に示唆したのは、黒川増太郎である。
 戦争中、内地部隊で、彼は私の部下だった。私の方がだいぶ年下であるが、私は主計少尉になっていたし、彼はまだ准尉だった。終戦後、互に音沙汰もなく過して、私がもう忘れかけている頃、彼はふいに私の宅へ訪れて来た。いろいろ貴重な品物をリュックに一杯つめこんだのを、手みやげにと差出した。
「お礼の気持ちです。」
 その言葉が初めは私の腑に落ちなかった。
 彼の態度や言葉には、鄭重さと粗暴さとが別々に目立ち、彼の服装にもきりっとしたものと投げやりなものとが混り合っていた。つまり、どこか統一のとれない感じだった。話を聞いてみると、彼は闇ブローカーのような仕事をしていたが、最近は金貸業を始めたとのことで、私はちょっと唖然とした。
 それからなお雑談してるうちに、彼のお礼の気持ちというのも分った。部隊解散の折、莫大な軍需品が或る程度まで経理部の自由になったので、私は、黒川の家庭が貧しいと聞いていたから、若干量の物資の自由処分を彼に黙許してやった。そのことを彼は恩に着てるのである。彼はその時に得た金を元手に、闇ブローカーを始め、それから金貸しへと転業した。だが、資金はまだ充分でないらしい。
「このようなこと、お気に入りますまいが、ひとつ、銀行に金を預けるつもりで、私に預けませんか。責任を以て、月二割の利子を差上げます。そうすれば、私だって儲けることが出来るし、あなたも儲ける、というわけです。」
 軍隊にあっても、彼は私に誠意を示した。今も私に誠意を持ってることが、私には感ぜられた。甘言を以て私から金を引き出そうとしてるのでないのは、明かだった。但し、その金のことだが、私には預金など殆んどなかった。それを卒直に言うと、彼は感嘆したような呻き声を立てた。
 久しぶりだというわけで、私は取って置きのウイスキーを彼にふるまった。彼は遠慮なくそれを飲み、そして遠慮なく私に金儲けの方策を授けた。
 部隊解放の折、私が殆んど私利をはからなかったことを、黒川は今になってはっきり知って、不思議がりもし、感嘆もしたが、私自身では別に自慢とはしていない。正義感などという問題ではない。程好い道を歩いたに過ぎない。それから二カ年あまりたって、黒川から勧められるまま、金儲けをはかったとしても、別に心境に変化を来したからではない。
 黒川は金貸しの仕事を単にビジネスとして考えている。本来そうであるべきだと、私も思う。相手の膏血を絞るというような結果は、借り手の参謀から起ることだ。金融が極端に緊縮されてる現状では、金貸業者の助力によって、倒産を免れる事例もあるし、多大の利益を得る事例もあると、黒川が説明してくれたことを、私も承認する。だから、私が彼の尻馬に乗ったとて、非難されるには当るまい。その上、部隊解散のあの当時と同じく、私は或る意味で彼に助力してやることにもなるのだ。
 黒川の言うところに依れば、金貸業者の中には、現在、十日間に二割もの利子を要求する者もあるとのこと。然し、黒川はもっと穏当なのだ。一ヶ月間に三割の利子しか要求しない。その代り手堅い取引きにしか応じない。それでも回収不能なこともままある。だから、私がもし出資してくれたら月に二割までは保証すると言う。それによって、黒川自身も儲かる目安が立つし、私はもちろん儲かる。
 ところで、私の方のその資金なのだが、固より手元にはない。然しまあ、二万か三万は自分で拵えなければいけない、と黒川は言う。それから先は容易なのだ。私の会社には、小金を持ってる同僚がいくらもいる筈だし、まあ一万ぐらいなら融通してくれるだろう。学校教員だの下級官僚だのとは違って、小金を握りしめて放さない気風でもあるまい。うまく話をもちかければよろしい。ただ肝要なのは、一カ月以上の期限にはしないことと、期日には必ず返済することだ。その最初の返済のために二三万は作らなければいけない。そして出来た金を、黒川に預けておけば、月に二割の利子は確実に殖える。期日をずらしておけば、利子だけで元金が払えるばかりでなく、雪だるまのように大きくなってゆく。かりに二十人から一万ずつ借りて二十万集めれば、月に四万儲かることになる。同僚へは、僅か一カ月のことだし、利子を払うには及ばないし、煙草の十個もお礼すればよかろう。それでも先方にとっては、銀行利子よりは遙かに上廻るのである。
「このようなこと、ほかへ洩らしてはいけませんよ。あなたの名誉にも関わる。私としては、御恩報じのつもりです。ほかの人がいかほど持って来ようと、断じて引き受けはしない。私は金貸しで、借りる方じゃありませんからね。」
 黒川は愉快そうに大笑したのである。

 私には金の入用があった。母への孝養のためもある。妹の扶養のためもある。それらは家庭に於ける私の当然の責務である。そのほか、三上京子との交際のために、多少の小遣がいる。給料だけではなかなかやってゆけないのだ。
 京子は会社の女事務員で、まあ私と相愛の仲である。熱烈な恋愛をしたわけではなく、いつとなく情交を結んだという、甚だ平穏な関係なのだ。この話についても、私は程好いところを歩いたことになる。愛情の機縁などというものはなく、若い男女が普通互に憎からず思う程度の気持ちのうちに、彼女のアパートの室で、二人寝ころんでしまったのだ。特別に印象深い情景などは何もない。
 彼女は体の大柄な方で、精神的にはいささか鈍いところがある。長めの顔立ちに、小さな眼と小さな鼻と小さな口とがぽつりぽつりと置かれた感じで、鼻筋はよく通り、そして耳朶の恰好がたいへん美しく整っている。私はその耳朶をいちばんよく愛したとも言える。彼女は一度結婚したことがあるのを誰にも隠さず、これから一人で自活するのだといっていた。全体としては質素な生活をしているが、砂糖とバターには金をおしまなかった。それから、顔の色艶に変化が激しく、皮膚が美しく冴えて澄んでることもあれば、醜く濁ってくすんでることもあるが、それとは別に、気分はたいてい明るかった。何かしら統一のとれない感じを私は受けた。そのことが却って私を惹きつけた所以かも知れない。
 私たちは同僚の目を避けて、映画を見に行ったり、コーヒー店にはいったり、郊外散歩としゃれたり、彼女の室で酒を飲んだりした。甚だ通俗的でみみっちいと言えばそれまでだが、言い換えれば破目をはずすことがなかったのだ。
 一方では、私の借金政策はうまくいった。返済期日を厳守したため、借金をしながら却って信用を得たとも言える。黒川は私に対してやはり誠実で、いろいろ指導してくれたりした。最初に少しく無理算段しただけで、黒川の手に託されてる私の資金は次第に殖えてゆき、入用な小遣はいつでも引き出せるようになった。使うことばかり急いではいかん、と黒川は私をたしなめた。
 万事が調子よく進んでいった。私は至極安泰だった。大望や野心がなかったからだ。そして自分の分を守って中道を歩いたからだ。私は全くのところ程好い人間なのである。そして程好い生き方をしたのである。程好い人間が程好
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