にごしたが、彼はおかまいなしにいろんなことを言う。つまり、借金などというものは多くの相手からなすべきものではなく、出来得れば一人からが一番よい。期限を厳重に守るのは、私のような若い者としては感心の至りである。ついては、会社の給料と万一の場合の退職手当とを担保にするなら、月賦払いにでもして、入用な金額を一纒めにお世話してもよい。京子さんの方にも金がかからなくなったから、月賦払いなら楽だろう。その代り、この節のことだから、月一割ほどの利子は出して貰いたい……。
「まあ考えておきなさいよ。何事も、くよくよするもんじゃありませんさ。」
そして彼は、私の返事も待たずにすっと立ち去ってしまった。
私は変な気がして、長い間、両の手で額を抱えていた。それから突然、腹が立ってきた。あの善良そうな西山が、私のことを何もかも知っていて、恐らくは自分の金を、月に一割で貸しつけようとしてるのだ。
私は直感的に思い当った。ああいう善良さこそ不遜の至りであり、場合によっては、如何なる犯罪をも働き得るのではあるまいか。程良い人間などでは西山は決してない。
私は考えこみながら会社を出、考えこみながら街路を歩いた。自分自身がいとおしくそして惨めだった。程好い人間、程好い人間……心に呟いていると、涙が出て来そうだった。感傷も程好くせよ、と反省して、顔を挙げ、私は煙草を吸った。
底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1−13−25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「女性線」
1949(昭和24)年5月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年9月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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