快そうに大笑したのである。
私には金の入用があった。母への孝養のためもある。妹の扶養のためもある。それらは家庭に於ける私の当然の責務である。そのほか、三上京子との交際のために、多少の小遣がいる。給料だけではなかなかやってゆけないのだ。
京子は会社の女事務員で、まあ私と相愛の仲である。熱烈な恋愛をしたわけではなく、いつとなく情交を結んだという、甚だ平穏な関係なのだ。この話についても、私は程好いところを歩いたことになる。愛情の機縁などというものはなく、若い男女が普通互に憎からず思う程度の気持ちのうちに、彼女のアパートの室で、二人寝ころんでしまったのだ。特別に印象深い情景などは何もない。
彼女は体の大柄な方で、精神的にはいささか鈍いところがある。長めの顔立ちに、小さな眼と小さな鼻と小さな口とがぽつりぽつりと置かれた感じで、鼻筋はよく通り、そして耳朶の恰好がたいへん美しく整っている。私はその耳朶をいちばんよく愛したとも言える。彼女は一度結婚したことがあるのを誰にも隠さず、これから一人で自活するのだといっていた。全体としては質素な生活をしているが、砂糖とバターには金をおしまなかった。それ
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