。もうお別れしましょう。」
私が黙っていると、彼女は泣きながら言った。
「あなたは仮面をかぶっていらした。その仮面を脱いで下さい。」
私はなにかぎくりとしたが、なぜだか自分にも分らないのだ。実のところ、私は仮面などつけるほど悪辣ではなく、むしろ素直で謙虚ではないか。
「僕は仮面をかぶってやしないし、その必要を感じたこともない。いつも、ありのままの素顔で押し通してるつもりだ。」
ふしぎに、いや当然かも知れないが、私の心は冷たくなっていった。そして彼女をヒステリックだとさえ感じた。彼女の頬は蒼ざめて澄んでいる。それを見ながら私は、彼女の日常の顔の変化、皮膚が美しく冴えたり醜くくすんだりする変化を、ふと思い浮べて、それは単に生理的変化にすぎないものだろうと妙なことを考えた。
「僕の顔はいつも素顔だよ。ただ、生理的変化がないだけだ。」
彼女はきっと顔を挙げた。その眼に敵意めいたものが閃めき、頬の肉が痙攣的に震えた。彼女は自分のコップにもウイスキーをつぎ、残りを私のコップにすっかり空けてしまった。
「お酒には勝手に酔って、そして女に向ってはいつも、生理的変化、生理的変化って……。」
「い
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