動いてきた。常に分を守って、程好いところで満足しているのだ。そういう私のどこに、不正や犯罪の匂いがあり、或はその萠芽があるのか。
そういうことを、私は静かにそして謙虚に説いていった。ところが、全く思いがけないことが起った。言葉が途切れて、煙草をふかし、ウイスキーを飲んでいると、京子はふいに、大きな声を出した。
「いいえ、あなたは冷酷な人です。」
冷酷とか熱烈とかは問題になっていなかった時のことだ。彼女は何を考えていたのであろうか。いいえと何を断定したのであろうか。私は思考の手掛りを失ってぼんやりしていると、彼女の眼は妙にぎらぎら光って私を見据えた。
「あなたは、わたしが姙娠することを、避けていらっしゃるでしょう。」
それもまた唐突なのだ。もっとも、私にはまだ結婚の意志はなく、彼女もそうらしいし、随って、彼女に姙娠されたら困ると思って、それを避けてきた。私の程好い行動の一つなのである。然しそのことが、私の借金とか仮定の犯罪とかに、何の関係があるのだろうか。彼女のぎらぎら光る眼は、霧がかけるように曇ってきて、こんどは泣き出した。
「あなたは、わたしをほんとに愛してはいらっしゃいません
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