てるから安心してくれと、中尾の手を握りしめてやった。実のところ、もう大して借金を繰り返さなくともよいところまで、黒川の手にある私の資金は太っていたのである。
会社に於ては、私の周囲に微妙な雰囲気が漂っていた。ひそひそとした噂話、好奇の眼、不安そうな眼、冷淡な素振り、わざとらしい同情的態度など、さまざまなものが私を中心にして埃のように舞い立ってる感じだ。そしてただ雑然としていてまとまりがなかった。それを打診するようなつもりで、私は同僚の一人に借金を申し込んだところ、容易く一万円貸してくれた。意外だった。私はなにか反撥的な気持で、期限のきた他の借金を返す時、その男の机に、謝礼の煙草包みをわざと人目につくほど公然と置いた。それを彼はこそこそと鞄にしまった。ざまあ見ろという思いで胸がすっとした。
そういう雰囲気を背景にして、京子が私に突っかかってきた。彼女は私を避けてる風だったし、私の方でも遠慮して遠のいていたが、突然、アパートに来てくれと言う。その約束の日曜の午後、私は肚を据えて出かけた。何か重大な相談があるらしく感ぜられるし、すべて彼女の意向に従う覚悟をしたのである。
彼女は珍らし
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