万円程度に止めた。図に乗ってはいけないと、自ら手控えたのである。つまり、私としては、程よく自分の分を守ったつもりである。
右のような借金政策を私に示唆したのは、黒川増太郎である。
戦争中、内地部隊で、彼は私の部下だった。私の方がだいぶ年下であるが、私は主計少尉になっていたし、彼はまだ准尉だった。終戦後、互に音沙汰もなく過して、私がもう忘れかけている頃、彼はふいに私の宅へ訪れて来た。いろいろ貴重な品物をリュックに一杯つめこんだのを、手みやげにと差出した。
「お礼の気持ちです。」
その言葉が初めは私の腑に落ちなかった。
彼の態度や言葉には、鄭重さと粗暴さとが別々に目立ち、彼の服装にもきりっとしたものと投げやりなものとが混り合っていた。つまり、どこか統一のとれない感じだった。話を聞いてみると、彼は闇ブローカーのような仕事をしていたが、最近は金貸業を始めたとのことで、私はちょっと唖然とした。
それからなお雑談してるうちに、彼のお礼の気持ちというのも分った。部隊解散の折、莫大な軍需品が或る程度まで経理部の自由になったので、私は、黒川の家庭が貧しいと聞いていたから、若干量の物資の自由処分を彼に黙許してやった。そのことを彼は恩に着てるのである。彼はその時に得た金を元手に、闇ブローカーを始め、それから金貸しへと転業した。だが、資金はまだ充分でないらしい。
「このようなこと、お気に入りますまいが、ひとつ、銀行に金を預けるつもりで、私に預けませんか。責任を以て、月二割の利子を差上げます。そうすれば、私だって儲けることが出来るし、あなたも儲ける、というわけです。」
軍隊にあっても、彼は私に誠意を示した。今も私に誠意を持ってることが、私には感ぜられた。甘言を以て私から金を引き出そうとしてるのでないのは、明かだった。但し、その金のことだが、私には預金など殆んどなかった。それを卒直に言うと、彼は感嘆したような呻き声を立てた。
久しぶりだというわけで、私は取って置きのウイスキーを彼にふるまった。彼は遠慮なくそれを飲み、そして遠慮なく私に金儲けの方策を授けた。
部隊解放の折、私が殆んど私利をはからなかったことを、黒川は今になってはっきり知って、不思議がりもし、感嘆もしたが、私自身では別に自慢とはしていない。正義感などという問題ではない。程好い道を歩いたに過ぎない。それから二カ年あ
前へ
次へ
全11ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング