いったことを知ると、なおその上に別所はちゃんと出版書肆に勤めていることでもあり、従来のきたならしい古下宿屋ではいかんと主張して、彼を引っぱって方々のアパートの空間を見てまわった。然しどこにも李の気に入る室がなかった。ところへ丁度、李が住んでるアパートの春日荘に室が一つ空いたので、李はむりやりに別所を引入れてしまった。その約束の日、李は突然私のところへ電話をかけてきた。
「……こんど、別所君が僕のアパートへ来ることになりました。先生はここのおばさんに大変信用があるから、別所君の保証人になることを、一言いって下さい。いま、おばさんとかわります。」
そして電話口の声は消えて、しばらく何か話声が伝わってきた。――実は私には全くだしぬけのことで、何の前触れもなかったのだが、然し別所に保証人がいるなら、なってやってもよいという気持は当然起った。私は春日荘の主婦の椿正枝とは古い知りあいで、そのしっかりした気性や多年の未亡人生活の苦闘に、ひそかに敬意を表しているのだった。
暫くすると、電話口には正枝の声が響いてきた。李の友人の別所次生という人を知ってるかというだけのことで保証人というようなことはな
前へ
次へ
全23ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング