ろにまで李の議論は飛躍してしまった。
「現代の社会では、個人的感情の強い時ほど私の立場に立つものであり、その感情がだんだん薄くなって、機械的機能に近づくほど公の立場に立つことになり、機械に至り初めて完全に公の立場になります。別所君は全く機械になり得ない性格です。だから、先生も御存じでしょう、三年前、浅間山の噴火口に飛びこみに出かけたようなことが起るんです。」
「あれはちがうよ、君の方が私の感情で動いたじゃないか。」
 別所はそう叫んで、顔を真赤にそめた。
 その三年前の浅間行きというのは、別所が肺を病んだり野田沢子に失恋しかけたり、其他いろいろなことで、死を想ってる時に、李と二人で浅間の噴火口に出かけたことを指すのだった。李に云わせると、別所が果して自殺し得るかどうかを絶大な興味で観察しに行ったのだし、別所に云わせると、李があまり心配するのでそれを安心させてやるためについて行ったのだった。その、事の真偽はともかくとして、話の裏に見られる二人の友情に私は快い笑みを感じた。
 李は口では別所をいろいろやっつけながら、別所のために何かと世話をやいていた。別所が野田沢子と仲直りをし恋愛関係には
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