ということと、欠勤が多いということが、しいて拾えば目立つ点でした。
 それから次に、これは私一人だけの意見ですが、別所君はいつも胸の中に無数の不平不満を、それもごく小さなものを無数に、ひとり秘めていたのではないかと思われるふしがあります。私はおもに社内にいて原稿の整理をしたりしていますし、席も別所君の近くなので、別に観察することもなく気付いたのですが、別所君は時々、というのはおもに暇な時なんですが、窓硝子ごしに目を空にやって何か考えこんだり、それからまた急に舌打ちをしたり、唇をきゅっと歪めたり、肩をこまかく揺ったり、手を握りしめたり、机の上の紙片を幾つにも折りたたんだり、へんに忙しい身体つきになります。そして始終、口の中でなにかぶつぶつ呟いてるようです。もっとも、校正をやってる人は、印刷された字面を追いながら自然と口の中で発音をまねる癖が多いようですが、別所君のはそんなのではなく、仕事をせず心を外に向けてる折にぶつぶつ呟いてるのです。それはあくまでも口の中だけで外へは一言も洩れません。洩れませんが分ります。泡を吹いてる蟹がもし不平家だとすれば、別所君の口のまわりにも泡がたまるかもしれな
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