っていても間に合わず、幾台もの校正刷を自宅に持ち帰って目を通すことさえあります。そんな時、校正が粗漏だったりするのを、他人からつっこまれても、別所君は弁解がましい口を利くこともなく、済みませんとただお詫びを云ってるだけです。もっとも、校正はあまり上手な方ではありませんし、熱心にやってるようでいて、実は仕事が上滑りしてるという感じもありました。それからまた、忙しい仕事が一段落ついた後、社長から嫌味を云われても、おとなしく頭を下げてるだけで、不平らしい様子も見せません。もっとも、この方では、彼はずぬけて欠勤が多く、そのくせ遅刻は一回もない様子です。どうも見たところ、朝おそくなって、遅刻しそうな時には、そのまま一日休んでしまうという調子らしいんです。遅刻はいやだが欠勤は平気だというんでしょう。社長もこれに気がついたかして、彼の欠勤について或る時、純真な男だとふと口を滑らして、それからは社内で、欠勤の代りに純真を発揮するという言葉がはやったことがあります。あいつ純真を発揮しやがったなとか、明日あたり純真を発揮してやろうかなとか、そういった工合です。でとにかく、別所君については、ひどくおとなしい
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