いと、そんな感じがするのです。それでつまり、いろいろなことを綜合して、別所君は胸の中にたくさんの不平とか不満とかいうものを蓄えていたのではないかと、私は想像するのです。ゆるい火の上にかかってる鉄瓶のようなもので、ちょっと見ては実に静かな落着いたものですが、中はいつも外に音が洩れない程度にぐつぐつ煮たってるとでもいうのでしょうか。その鉄瓶が一度だけ、蓋を開いたことがあります。昼食の後に数人の者が雑談をしていまして、たまたま、威勢のいい連中のこととて、社の出版傾向が近頃では無方針にすぎるという議論になり、それならば一体如何なる方針を確立すべきかと、各自に勝手な熱をあげてる時でしたが、独り黙っていた別所君が、机の上で一枚の原稿用紙を例の通り幾つにも幾つにもこまかく折りたたみながら、「俺は別だ」とふいに大きな声で云ったものです。みんな虚を衝かれた態で、別所君の方へ目をやると、別所君も急に我に返った様子で、「いや、僕も賛成です。」と慌てて云ったものです。それがまた何に賛成なのか訳が分らないものですから、みんな唖然とし、別所君は顔を赤くし、ただ私には、「俺は別だ」との最初の言葉が別箇の独語として心
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