、その応接室で、三十分ばかり待たされた。それから伯父の室に案内された。
 古ぼけた羅紗で蔽われた大きな卓子の前に、革の椅子にぎごちなく腰掛けた時、良一は用件をきりだすのに困った。伯父は何かの印刷物をもてあそびながら、鼇甲ぶちの[#「鼇甲ぶちの」はママ]大きな眼鏡ごしに、じろじろ良一の方を眺めた。めったに顔をみせたことのない良一が、しかも会社の方で逢いたいというので、好奇心を起したのであろう。それでもやさしい調子で、いろいろなことを話してくれた。そして遂に向うから、何の用事かと尋ねた。
「少しお願いがあって参ったのですが……。」
「だから、その用向は……。」
「伯父さんは、あの、川村さんをよく御存じですね。」
「川村好太郎さんか、知っている。」
 その時伯父は、探るようにじっと良一の方を眺めた。良一はその視線に堪えられなくて、用件を簡単に述べた。――川村さんがひどく困った事情になってるので、五千円かして頂きたい……。
 かなり長い間、伯父は黙っていた。良一は不安になった。
「どういう事情で五千円の金がいるか、君は知っているのか。」
 良一は返事が出来なかった。
「どうして困るようなことに
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